論文詳細
大学院現代社会文化研究科
#紀要論文
Reinterpretation of the German Chancellors : Focusing on the Drafters of the Weimar Constitution
- AI解説:
- 本論文は、ワイマール共和国研究に繰り返し見られる傾向として、共和国の崩壊を決定論的な「原因探し」によって説明しようとする枠組み、とりわけ憲法上の「内在的問題」を、国会(Reichstag)と国家元首である帝国大統領(Reich president)の二項対立に位置づける見方(例:第48条と第53条/第54条のどちらがより決定的だったか)を批判的に扱う。ワイマール研究における「文化論的転回(cultural turn)」を認めつつも、著者は、なお残存する分析上の習慣が、重要に見えるものを説明原理として持ち上げることで結論を強引に導いてしまうと論じる。こうした背景のもと、本論文は第三のアクターとして帝国首相(Reich chancellor)を前景化する再解釈を提案する。首相職を歴史的に位置づけ(北ドイツ連邦の1867年憲法から、ドイツ帝国(Kaiserreich)を経て、1918年10月の変更まで)、そのうえでワイマール憲法起草者の意図、とくにPreußとWeberの考えに立ち返る。中心的な目的は、起草者が行政のリーダーシップをどのように構想したのかを(とりわけ第56条「die Richtlinien der Politik」を通じて)再構成し、選択した事例により、首相がワイマールの権力三角形の中で国会と帝国大統領の「あいだ」で実際にどのように行動したかを検証することである。
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大学院現代社会文化研究科
#紀要論文
Reinterpretation of the German Chancellors : Focusing on the Drafters of the Weimar Constitution
AI解説
- 背景と目的:
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本論文は、ワイマール共和国研究に繰り返し見られる傾向として、共和国の崩壊を決定論的な「原因探し」によって説明しようとする枠組み、とりわけ憲法上の「内在的問題」を、国会(Reichstag)と国家元首である帝国大統領(Reich president)の二項対立に位置づける見方(例:第48条と第53条/第54条のどちらがより決定的だったか)を批判的に扱う。ワイマール研究における「文化論的転回(cultural turn)」を認めつつも、著者は、なお残存する分析上の習慣が、重要に見えるものを説明原理として持ち上げることで結論を強引に導いてしまうと論じる。こうした背景のもと、本論文は第三のアクターとして帝国首相(Reich chancellor)を前景化する再解釈を提案する。首相職を歴史的に位置づけ(北ドイツ連邦の1867年憲法から、ドイツ帝国(Kaiserreich)を経て、1918年10月の変更まで)、そのうえでワイマール憲法起草者の意図、とくにPreußとWeberの考えに立ち返る。中心的な目的は、起草者が行政のリーダーシップをどのように構想したのかを(とりわけ第56条「die Richtlinien der Politik」を通じて)再構成し、選択した事例により、首相がワイマールの権力三角形の中で国会と帝国大統領の「あいだ」で実際にどのように行動したかを検証することである。
- 主要な発見:
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著者の主張の核心は、支配的な解釈がワイマール憲法の設計を国会対帝国大統領という対立に還元してしまい、その結果、首相の意図された役割および潜在的役割を見落としているという点にある。起草者に焦点を当てた議論では、Preußらは議会党派性に強い懐疑を抱き、専門職化された行政のリーダーシップによって実効的な統治を実現しようとした、と本論文は論じる。功績主義的で行政実務に根差したリーダーシップのために首相と内閣を強化することは、単に大統領権限を強めること以上に中心的だと提示された、というのである。第56条は、首相に「政治の指針(die Richtlinien der Politik)」に関する権限を付与するものと解釈され、そこには、議会の妥協主導の作動様式でもなければ、大統領特権に結びつけられがちな命令型のスタイルでもない、行政的リーダーシップ機能が含意されるとされる。実証面では、Cuno内閣が大統領優位への移行例として読まれる。すなわち、非議員を多く含む「専門家内閣(professional cabinet)」は国会との統合を弱め、議会による統制を限定し、政府の「秘匿性(secretiveness)」に寄与した。膠着は頻繁な解散と不信任決議のもとで大統領特権によって解かれ(内閣平均寿命は8か月)、というのである。これに対してStresemannは「中間へ(toward the middle)」向かったと描かれる。すなわち、首相職と内閣指導には妥協に裏打ちされた政治的権威が必要だと学び、大統領の策動拡大に対するカウンターウェイトとして行動した。とりわけHindenburgが「大統領内閣(Presidential cabinets)」をますます好み、国会の開会日数を減らしていく(1930年94日、1931年41日、1932年13日)局面で、それが顕著だったとされる。本論文はさらに曖昧さも強調する。すなわちWeberとPreußが、民選の大統領と、第54条および第56条のもとで国会に対して責任を負い連立に依存する首相とのあいだに生じる構造的衝突を予期していたのかどうかは、なお不明確である。
- 方法論:
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本論文は質的で解釈的な研究であり、憲法史的再構成、起草者意図の分析、そして首相職の実践に関する例示的な事例検討を組み合わせる。第一に、首相という制度の系譜を、北ドイツ連邦の1867年憲法(内閣の廃止と、閣僚の首相への階層的従属に言及)から、1871年のドイツ帝国憲法、さらに帝政末期(late-Kaiserreich)における議会化(parliamentarization)傾向へとたどる(1909年に議会支持の欠如を理由に首相が辞任した例を含む)。第二に、ワイマール期の「Staatsrecht」論争(国家と憲法のどちらを優位に置くか)を扱い、起草者意図に関する対立する学説解釈を概観する(例:半権威主義的帰結が意図されていたのか、それともPreußの目標に反する後世の再解釈なのか)。この枠組みのもとで、第56条を精読し、「die Richtlinien der Politik」の意味に焦点を当て、これをPreußとWeberの、専門家主導の行政運営への選好および議会党派性への懐疑と結びつける。第三に、Karl Löwensteinの議会制政府の6つの構造要素(Löwenstein, 1957)をCuno内閣に適用し、ワイマールの実践における議会統合と統制の弱さを診断する。最後に、Stresemannの連立形成、1923年の危機管理、そしてのちに大統領権力と均衡させる党派政治家としての立ち位置を、歴史的根拠に基づく叙述的分析で扱い、首相職における対照的な軌跡を例示する。
- 結論と意義:
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本論文は、ワイマール憲法を、失敗した抽象的設計図というよりも、共和国創設時の現実の、争点化された権力関係の刻印として読むべきだと結論づける。しばしば不安定な妥協として批判されてきたが、それは敗戦、皇帝の退位、そして急進化を防いで秩序を回復することを狙った国家維持的統合によって生み出された事実上の均衡を反映していた、というのである。その状況のもとで、国会対帝国大統領のみに焦点を当てると、首相職がどのように構想され、制度内の非対称性をどのように媒介し得たのかが見えなくなると著者は論じる。本論文の提示によれば、PreußとWeberは議会党派性に対抗するため、行政の専門性と内閣指導を重視した。しかしワイマールの統治に必要だったのは、行政的な「実務性(Sachlichkeit)」だけではなく、連立運営と妥協に根差した政治的権威であった。Stresemannの「転向(conversion)」――有効な首相運営には個人的専門性への依拠ではなく継続的な妥協が必要だという認識――は、この要請を象徴するものとして扱われる。さらに本論文は、大統領権力の拡大が、不安定な議会状況や比例代表制がもたらす多党制と結びつくことで、政府を大統領に従属させ、議会の有効性を低下させる傾向があったと強調する。本研究の意義は、首相をワイマールの「三角形」における要所として再中心化し、首相の能力と制約を再評価することが、憲法の作動と、その後の行政権優位への道筋の双方を理解するうえで不可欠だと提案する点にある。
- 今後の展望:
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本論文は、自らの知見を結論ではなく研究課題の出発点として明確に位置づける。追跡研究として、ワイマールの首相が憲法によって付与された権限をどこまで「使い尽くした(exhausted)」のか、そして実務上、帝国大統領・国会・政府の三角形の中で首相権限がどのように拡大または縮減されたのかを、詳細に検討すべきだと提案する。著者は、この三角形のレンズを通してワイマールの権力史を再構成してはじめて、のちにHitlerが首相職を通じて「最高権力(supreme power)」を獲得できた閾値条件を研究者が明確化できる、と示唆する。関連して含意される課題として、国会—政府関係における手続的実務のより体系的な調査(結果を原因として扱うことを超えて)、「専門家内閣(professional cabinets)」が説明責任と統合をどのように変えたかの精査、そして首相職を横断した比較による、大統領優位と議会統合のあいだの「振り子(pendulum)」的移動の把握が挙げられる。本論文はまた、WeberやPreußといった主要起草者が、第53条〜第54条および第56条のもとで、民選大統領と議会の信任に依存する首相を結合することによって生じる構造的対立を予見していたのか、という問いを未解決のまま残し、したがって将来研究に委ねている。
- 背景と目的:
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この論文は、
がなぜ崩壊したのかを説明するときに、研究者が「憲法のここが悪かったからだ」という原因探しに偏りやすい点を問題にしています。特に、ワイマール共和国 ( 第一次世界大戦後のドイツにできた民主的な国家体制で、1919年から1933年ごろまで続きました。憲法に基づく政治を目指しましたが、経済危機や政治の分裂の中で不安定になり、ナチスの台頭につながったため、研究でよく取り上げられます。) と国会 ( 法律を決めたり政府を監督したりする議会のことです。ワイマール期の国会は多党制で意見が割れやすく、連立が不安定になりやすかった点が、政治全体に影響しました。) の対立だけで説明してしまい、「帝国大統領 ( ワイマール憲法下の国家元首で、国民による選挙で選ばれました。議会とは別に強い権限を持ち、非常時の措置などにも関われたため、政治のバランスを左右する存在でした。) が決定的だったのか、それとも第48条 ( 緊急時に大統領が強い措置を取れるとされた条文です。危機対応のための規定でしたが、使われ方によっては議会政治を弱める方向に働きうるとして、ワイマール崩壊の議論で重要になります。) や第53条 ( 大統領が首相を任命する仕組みに関わる条文です。首相が誰になるかを左右するため、大統領と議会の力関係を考えるうえでポイントになります。) なのか」といった二者択一にしがちな見方を批判します。第54条 ( 首相と閣僚が職務を行うには国会の信任が必要だとする条文です。国会が政府を支える土台になる一方で、大統領の任命権との関係で対立が生まれることがあります。)
そこで著者は、第三の重要人物として に注目し直します。首相という役職がドイツの憲法の歴史の中でどう形作られてきたかをたどったうえで、帝国首相 ( 政府の中心人物で、内閣をまとめる立場です。ワイマール期は国会の信任が必要で、同時に大統領との関係も重要だったため、国会と大統領の間を調整する役割が期待されました。) を作った人たちが「行政をどう動かすリーダー」を想定していたのかを、ワイマール憲法 ( 1919年に制定されたワイマール共和国の憲法です。国会制と、国民が選ぶ大統領という仕組みを組み合わせたため、権力関係が複雑になり、運用次第で政治が不安定にもなり得ました。) の「政治の指針」という言葉を手がかりに考え直します。そして、実際の政治の事例を使って、首相が国会と大統領の間でどんな動きをしたのかを確かめることが目的です。第56条 ( 首相が「政治の指針」を定め、その責任を国会に対して負うとする条文です。首相が内閣をまとめて方向性を示す根拠になり、首相のリーダーシップをどう考えるかの中心材料になります。)
- 主要な発見:
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著者の中心的な主張は、
を「ワイマール憲法 ( 1919年に制定されたワイマール共和国の憲法です。国会制と、国民が選ぶ大統領という仕組みを組み合わせたため、権力関係が複雑になり、運用次第で政治が不安定にもなり得ました。) 対大統領」という対立だけで理解すると、本来首相に期待されていた役割や、首相が発揮できたかもしれない力を見落としてしまう、という点です。国会 ( 法律を決めたり政府を監督したりする議会のことです。ワイマール期の国会は多党制で意見が割れやすく、連立が不安定になりやすかった点が、政治全体に影響しました。)
憲法を作ったPreußたちは、政党同士の争いに強い不信感を持っていて、専門性のある行政リーダーシップで政治を安定させようとしていた、と論文は述べます。そのためには、大統領の権限を強めること以上に、首相と内閣を強くすることが重要だと考えられていた、という見方が示されます。 は、首相に「政治の指針」を決める力を与える条文として読め、これは国会の妥協中心のやり方とも、大統領が命令して動かすやり方とも違う、「行政のリーダー」としての働きを意味するとされます。第56条 ( 首相が「政治の指針」を定め、その責任を国会に対して負うとする条文です。首相が内閣をまとめて方向性を示す根拠になり、首相のリーダーシップをどう考えるかの中心材料になります。)
事例では、Cuno内閣は大統領が強くなる方向の例として扱われます。議員ではない人が多い専門家中心の内閣は、国会との結びつきを弱め、国会のチェックを小さくし、政府が情報を隠しやすくなる状況を作ったとされます。政治が行き詰まると、頻繁な や不信任のもとで大統領の特別な力に頼って動かす形になり、内閣が短命になったと説明されます。解散 ( 国会をいったん終了させて選挙をやり直すことです。行き詰まりを解決する方法ですが、繰り返されると政治が落ち着かず、大統領の権限が強く見える状況を生みます。)
一方でStresemannは「真ん中へ寄る」動きをした首相として描かれます。首相が内閣をまとめるには、専門性だけでなく、連立や妥協を積み重ねて得る政治的な権威が必要だと学び、大統領が政治を動かしすぎることへの歯止めとして行動した、という評価です。
ただし、PreußやWeberが、民選の大統領と、国会の信任が必要な首相が並び立つことで起きる衝突を最初から予想していたかどうかは、はっきりしないとも述べられます。
- 方法論:
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この論文は、数字で検証するよりも、文章や歴史資料を読み解いて考えるタイプの研究です。具体的には、憲法史の整理、憲法を作った人の意図の分析、そして首相の実際の政治行動の事例研究を組み合わせます。
まず、1867年の北ドイツ連邦憲法からドイツ帝国、そして1918年の変化までをたどり、首相という制度がどう発展したかを確認します。次に、ワイマール期の国家法学の論争などを整理し、起草者の意図をめぐる対立する解釈を比較します。そのうえで を丁寧に読み、「政治の指針」が何を意味するのかをPreußやWeberの考え方と結びつけます。第56条 ( 首相が「政治の指針」を定め、その責任を国会に対して負うとする条文です。首相が内閣をまとめて方向性を示す根拠になり、首相のリーダーシップをどう考えるかの中心材料になります。)
さらに、議会政治の仕組みを説明する枠組みをCuno内閣に当てはめ、 による統合や統制が弱かった点を検討します。最後に、Stresemannの連立づくりや危機対応をたどり、首相の別のあり方を示します。国会 ( 法律を決めたり政府を監督したりする議会のことです。ワイマール期の国会は多党制で意見が割れやすく、連立が不安定になりやすかった点が、政治全体に影響しました。)
- 結論と意義:
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この論文は、
を「失敗した設計図」としてだけ見るのではなく、共和国ができた当時の現実の力関係が刻み込まれたものとして読むべきだと結論づけます。憲法が不安定な妥協に見えるのは、敗戦や皇帝の退位の直後に、急激な革命を抑えつつ秩序を回復するための現実的なバランスとして作られたからだ、と説明します。ワイマール憲法 ( 1919年に制定されたワイマール共和国の憲法です。国会制と、国民が選ぶ大統領という仕組みを組み合わせたため、権力関係が複雑になり、運用次第で政治が不安定にもなり得ました。)
その状況で と大統領だけに注目すると、首相が本来どんな役割を担うはずだったのか、そして力の偏りを間に入って調整できたのかが見えにくくなるとします。起草者は行政の専門性を重視しましたが、実際に必要だったのは、それだけでなく、連立を動かす妥協の積み重ねに基づく政治的権威だったとまとめます。Stresemannが「専門性だけでは首相は務まらず、妥協を続ける必要がある」と理解していった点が象徴的だとされます。国会 ( 法律を決めたり政府を監督したりする議会のことです。ワイマール期の国会は多党制で意見が割れやすく、連立が不安定になりやすかった点が、政治全体に影響しました。)
また、大統領権力が強まることは、 などの条件と結びつくと、政府が大統領に従いやすくなり、国会が弱くなる方向に働いたとも強調します。首相を「国会・大統領・首相」という三角形の中心として捉え直すことが、憲法がどう働いたかと、その後に行政権が強くなる流れを理解するうえで重要だ、というのが本研究の意義です。多党制 ( 多くの政党が議席を持ち、単独で多数派を作りにくい状態です。連立と妥協が必要になる一方で、合意形成が難しくなると政治が止まりやすくなります。)
- 今後の展望:
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著者は、この研究を最終結論ではなく出発点だと位置づけます。今後は、ワイマールの首相が憲法上の権限をどこまで使い切ったのか、また実際の政治の中で首相の力がどう広がったり縮んだりしたのかを、もっと細かく調べる必要があると提案します。
さらに、 と政府の手続きの実態調査、国会 ( 法律を決めたり政府を監督したりする議会のことです。ワイマール期の国会は多党制で意見が割れやすく、連立が不安定になりやすかった点が、政治全体に影響しました。) が説明責任や国会とのつながりをどう変えたかの検討、複数の首相を比べて「大統領が強い時期」と「国会との統合が強い時期」が専門家内閣 ( 政党政治家よりも、行政官や実業家など「専門家」を中心に作られた内閣のことです。能力重視に見えますが、国会との結びつきが弱くなると、議会の監督が効きにくくなる問題が起こり得ます。) のように移る様子を整理することが課題だとします。加えて、PreußやWeberが、大統領と首相の仕組みが生む衝突をどこまで予想していたのかという問いは未解決として残されます。振り子 ( 政治の中心が「国会寄り」になったり「大統領寄り」になったり揺れ動くたとえです。ワイマール期に、議会の統合が弱まると大統領が強くなる、といった変化を説明するのに使われます。)
- 何のために?:
-
この文しょうは、国のしくみの話です。
という国が、なぜこわれたか。ワイマール共和国 ( 第一次世界大戦のあとにドイツでできた国のしくみと、その時代の国の呼 び名。この国で政治 がうまくいかなくなった理由を考えるときの中心になる)
それを、どう考えるかを見ます。
よくある考えは、 のせいだけです。けんぽう ( 国の政治 の基本 ルールを書いた決まり。だれが国を動かすのかや、権力 をどう分けて止め合うのかが書かれていて、政治 の失敗 や成功 を考える手がかりになる)
でも、それだけでは足りないといいます。
と国会 ( 国の大事なことを話し合って決める場。政府 をチェックする役目もあり、ここが弱いと政府 の力が強くなりすぎやすい) だけで、大統領 ( 国を代表する立場で、時代やけんぽうによって強い権限 を持つことがある役職 。大統領 が強くなりすぎると国会の力が弱まりやすい点が問題になる) 説明 しがちです。
どの が悪いか、えらびがちです。条文 ( けんぽうや法律 に書かれている文の一つ一つ。どの文がどんな働 きをするかで政治 の動き方が変 わるので大事)
そこで、 にも目を向けます。首相 ( 政府 のまとめ役で、政治 の進め方を決めて引っぱる立場。国会と大統領 の間で調整できるかどうかが政治 の安定に関 わる)
首相は、 のまとめ役の人です。政府 ( 国の仕事を実際 に進める組織 の全体。だれがどのように動かすかで国の方向が決まる)
首相が、どんなはたらきをしたか。
それを、れきしの出来事でたしかめます。
- 何が分かったの?:
-
と国会 ( 国の大事なことを話し合って決める場。政府 をチェックする役目もあり、ここが弱いと政府 の力が強くなりすぎやすい) だけを見ると、だめです。大統領 ( 国を代表する立場で、時代やけんぽうによって強い権限 を持つことがある役職 。大統領 が強くなりすぎると国会の力が弱まりやすい点が問題になる)
の大事な役目が、見えにくいです。首相 ( 政府 のまとめ役で、政治 の進め方を決めて引っぱる立場。国会と大統領 の間で調整できるかどうかが政治 の安定に関 わる)
を作った人たちは、けんぽう ( 国の政治 の基本 ルールを書いた決まり。だれが国を動かすのかや、権力 をどう分けて止め合うのかが書かれていて、政治 の失敗 や成功 を考える手がかりになる) のけんかが心配でした。政党 ( 同じ考えを持つ人たちが集まり政治 を行うグループ。政党 どうしのけんかや協力 が政府 の安定を左右する)
だから、仕事ができる で安定させたい。政府 ( 国の仕事を実際 に進める組織 の全体。だれがどのように動かすかで国の方向が決まる)
そう考えていた、と書かれています。
大統領 を強くするより、首相と が大事。内閣 ( 首相と大臣 たちの集まりで、政府 として政策 を進めるチーム。国会とのつながりが弱いと、説明 やチェックが足りなくなりやすい)
そんな考え方が、あったといいます。
は、首相が第56 条 ( ワイマールけんぽうの中の条文 番号で、首相が政治 の方しんを決めることに関係 する文。首相の役目を考える中心になる) を決める文です。方しん ( これからどう進めるかという考え方や計画。政治 では方しんをだれが決めるかが権力 の中心を決める)
これは、国会の話し合いだけとも違 います。
大統領 の命令 だけとも、違 います。
首相が、 を引っぱる考えです。行政 ( 国の決めたことを実行し、日々 の仕事として運営 するはたらき。首相が行政 を引っぱるかどうかで政治 の実際 の動きが変 わる)
例 として、 が出ます。クーノ 内閣 ( クーノという人が中心になって作った内閣 の呼 び名。大統領 の力が強くなり国会とのつながりが弱まった例 として出てくる)
それは、大統領 が強くなる例 です。
せんもん家が多い内閣 でした。
でも国会とのつながりが、弱くなりました。
国会のチェックも、小さくなりました。
すると、政府 がかくしごとをしやすいです。
政治 がつまると、大統領 の力にたよりがちです。
そのため、内閣 は長つづきしませんでした。
もう一つ、 が出ます。シュトレーゼマン ( ワイマール共和国の首相になった人物の名前。政党 どうしをまとめて大統領 のやりすぎを止めた例 として重要 )
この首相は、まん中に近づこうとしました。
首相には、せんもん力だけでは足りません。
いろいろな党 と組み、ゆずり合いが大事です。
その力で、大統領 のやりすぎを止めました。
ただ、作った人が、ぶつかりを予想したか。
それは、よく分からないともいいます。
- どうやったの?:
-
この研究は、数字より文を読みます。
むかしの を読んで、考えます。資料 ( むかしの記録 や文書など、調べものの根拠 になるもの。研究で何が本当かを考えるために必要 )
まず、 のれきしをたどります。けんぽう ( 国の政治 の基本 ルールを書いた決まり。だれが国を動かすのかや、権力 をどう分けて止め合うのかが書かれていて、政治 の失敗 や成功 を考える手がかりになる)
のしくみが、どうできたか見ます。首相 ( 政府 のまとめ役で、政治 の進め方を決めて引っぱる立場。国会と大統領 の間で調整できるかどうかが政治 の安定に関 わる)
つぎに、作った人のねらいを比 べます。
そして、 をていねいに読みます。第56 条 ( ワイマールけんぽうの中の条文 番号で、首相が政治 の方しんを決めることに関係 する文。首相の役目を考える中心になる)
「政治 の 」の意味を考えます。方しん ( これからどう進めるかという考え方や計画。政治 では方しんをだれが決めるかが権力 の中心を決める)
さらに、 の動きも調べます。クーノ 内閣 ( クーノという人が中心になって作った内閣 の呼 び名。大統領 の力が強くなり国会とのつながりが弱まった例 として出てくる)
の力が弱かった点を見ます。国会 ( 国の大事なことを話し合って決める場。政府 をチェックする役目もあり、ここが弱いと政府 の力が強くなりすぎやすい)
さいごに、 の動きも見ます。シュトレーゼマン ( ワイマール共和国の首相になった人物の名前。政党 どうしをまとめて大統領 のやりすぎを止めた例 として重要 )
首相の別 のやり方を、示 します。
- 研究のまとめ:
-
ワイマール
は、けんぽう ( 国の政治 の基本 ルールを書いた決まり。だれが国を動かすのかや、権力 をどう分けて止め合うのかが書かれていて、政治 の失敗 や成功 を考える手がかりになる) 失敗 だけではない。
当時の現実 を入れて作られた、と言います。
戦争 のあとで、国は大へんでした。
急なあばれをおさえ、けんこうな も秩序 ( 社会や国が落ちついて動くための決まりや安定した状態 。政治 が混乱 しないために必要 な考え方) 必要 。
そのため、バランスをとって作られました。
と国会 ( 国の大事なことを話し合って決める場。政府 をチェックする役目もあり、ここが弱いと政府 の力が強くなりすぎやすい) だけを見ると、足りません。大統領 ( 国を代表する立場で、時代やけんぽうによって強い権限 を持つことがある役職 。大統領 が強くなりすぎると国会の力が弱まりやすい点が問題になる)
が何をするはずか、見えにくいです。首相 ( 政府 のまとめ役で、政治 の進め方を決めて引っぱる立場。国会と大統領 の間で調整できるかどうかが政治 の安定に関 わる)
本当は、首相が間に入って できたか。調整 ( 立場のちがう人たちの意見を合わせて、まとまるようにすること。首相が調整できるかが政治 の安定に直結 する)
そこが大事だ、と言います。
作った人は、せんもん力を重く見ました。
でも、それだけでは足りませんでした。
党 どうしをまとめる力も、必要 でした。
の学びが、そのシュトレーゼマン ( ワイマール共和国の首相になった人物の名前。政党 どうしをまとめて大統領 のやりすぎを止めた例 として重要 ) 例 です。
大統領 が強いと、国会が弱まりやすい。
そんな流れも、強調します。
国会、大統領 、首相の三つで見る。
それが、しくみの本当の動きを知る近道です。
- これからどうする?:
-
これは、さいしゅうの答えではないです。
ここから、もっと調べる出発点です。
が力を、どこまで使えたかを調べます。首相 ( 政府 のまとめ役で、政治 の進め方を決めて引っぱる立場。国会と大統領 の間で調整できるかどうかが政治 の安定に関 わる)
時期で、首相の力が変 わる点も見ます。
と国会 ( 国の大事なことを話し合って決める場。政府 をチェックする役目もあり、ここが弱いと政府 の力が強くなりすぎやすい) の政府 ( 国の仕事を実際 に進める組織 の全体。だれがどのように動かすかで国の方向が決まる) も、くわしく見ます。手つづき ( 物事を進める決まった順番 ややり方。国会と政府 の手つづきがどうなっているかで、チェックや説明 のされ方が変 わる)
が、せつめいのしかたをせんもん家 内閣 ( 政治家 よりも特定 の分野にくわしい人が多く集まった内閣 。国会とのつながりが弱くなることがあり、政治 の進み方を変 える点が問題になる) 変 えたか。
そこも、調べる必要 があります。
いろいろな首相を比 べるのも、大事です。
が強い時と、国会が強い時を見ます。大統領 ( 国を代表する立場で、時代やけんぽうによって強い権限 を持つことがある役職 。大統領 が強くなりすぎると国会の力が弱まりやすい点が問題になる)
のように動く様子を、まとめます。ふりこ ( 左右にゆれ動く道具で、ここでは国会が強い時と大統領 が強い時が交代する様子のたとえ。政治 の動き方を理解 しやすくするために使われる)
また、作った人の予想は、まだなぞです。
そこは、これからの です。しゅくだい ( これから解 くべき残 った問題という意味。研究でまだ分からない点を次に調べる目標 になる)
- 著者名:
- Hong Boye
- 掲載誌名:
- 現代社会文化研究
- 巻:
- 74
- ページ:
- 109 - 124
- 発行日:
- 2022-02
- 新潟大学学術リポジトリリンク:
- http://hdl.handle.net/10191/0002000245
