論文詳細
人文学部
#紀要論文
A Note on the Changing Meanings of Fūkei Shashin in Japanese Photography
- AI解説:
- 本論文は、日本写真における、長く用いられてきたジャンル名である *fūkei-shashin*(風景写真)をめぐる用語上・文化上の変化を扱う。現在この語は、自然の風景(例:花、森林、紅葉)の写真を指す意味で一般的に使われているが、著者は、*fūkei-shashin* と「自然」との間に必然的な結びつきはないと論じる。というのも、*fūkei*(風景)は本来「眺め/景色」を意味し、田園だけでなく都市の景観も含みうるためである。そこで本稿は、とりわけアマチュアの文脈において、いつ・どのようにして *fūkei-shashin* が主として自然のランドスケープ写真として扱われるようになったのかを問う。
この問いを立てるために、著者は同語の意味にかつて存在した曖昧さを再構成する。具体的には、明治期に *fūkei* が “landscape” の訳語として採用されたこと、ランドスケープ写真がジャンルとして制度化される度合いが比較的弱かったこと、そして趣味の写真家向けの指導教材において *fūkei-shashin* が歴史的に広い意味で用いられてきたことを含む。中核的な目的は、1980年代以降の概念変化を追跡し、*fūkei-shashin* がアマチュア写真家によって、またアマチュア写真家のために形づくられたカテゴリーとして機能してきたことを論証する点にある。
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人文学部
#紀要論文
A Note on the Changing Meanings of Fūkei Shashin in Japanese Photography
AI解説
- 背景と目的:
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本論文は、日本写真における、長く用いられてきたジャンル名である *fūkei-shashin*(風景写真)をめぐる用語上・文化上の変化を扱う。現在この語は、自然の風景(例:花、森林、紅葉)の写真を指す意味で一般的に使われているが、著者は、*fūkei-shashin* と「自然」との間に必然的な結びつきはないと論じる。というのも、*fūkei*(風景)は本来「眺め/景色」を意味し、田園だけでなく都市の景観も含みうるためである。そこで本稿は、とりわけアマチュアの文脈において、いつ・どのようにして *fūkei-shashin* が主として自然のランドスケープ写真として扱われるようになったのかを問う。
この問いを立てるために、著者は同語の意味にかつて存在した曖昧さを再構成する。具体的には、明治期に *fūkei* が “landscape” の訳語として採用されたこと、ランドスケープ写真がジャンルとして制度化される度合いが比較的弱かったこと、そして趣味の写真家向けの指導教材において *fūkei-shashin* が歴史的に広い意味で用いられてきたことを含む。中核的な目的は、1980年代以降の概念変化を追跡し、*fūkei-shashin* がアマチュア写真家によって、またアマチュア写真家のために形づくられたカテゴリーとして機能してきたことを論証する点にある。
- 主要な発見:
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著者は、*fūkei-shashin* は歴史的に多様(heterogeneous)であり、後になって自然志向のランドスケープ写真を意味するように狭まったのだと見いだす。松木藤雄の1935年のガイドを含む初期のアマチュア向け手引きでは、都市景観のような「近代 *fūkei*」が明示的に含まれており、このような幅広さは1980年代まで続いた(例:1987年の手引きにおける都市ランドスケープの章)。この幅広さにより、*fūkei-shashin* は、*sunappu* でもポートレートでもないアマチュア作品を収めるのに便利な残余的カテゴリーとなった。
次に論文は、後の意味の狭まりの重要な前提条件として、1980年代初頭における *neichā-foto* の大衆化を挙げる。当初、*neichā-foto* は科学的根拠に基づく「自然現象の写真」として位置づけられていたが、その科学重視が弱まり、Eliot Porter や Ernst Haas といった米国の写真家の影響を受けた、より美的志向のアプローチを取り込むようになってから(1975–1978年のシリーズ *Hikari no gosenfu* と、その後の雑誌特集に見られるように)、広く普及した。こうした文脈の中で、前田真三が自作を *fūkei-shashin* と呼ぶことを好み、さらにそれを「自然に近づくこと」と同一視しがちだったことが、*fūkei-shashin* を自然のランドスケープへと再び結びつける助けとなった。雑誌 *Fūkei-shashin*(前田の助言により1989年創刊)はこの結びつきをいっそう強固にし、1990年代には竹内敏信のマニュアルと雑誌での存在感が、アマチュア向けの影響力ある標準を確立した。
著者はまた、前田と竹内に共通する視覚的・修辞的特徴を強調する。すなわち、近代的な侵入物を除外する選択的フレーミング(例:竹内が「電線、ガードレール、コンクリート」を「三悪」とすること)、人と自然の理想化された調和への嗜好、そして人里離れた荒野ではなく到達しやすい視点場への頻繁な依拠である。これらの特徴はアマチュアにとって魅力的である一方、環境の現実に対する認識を限定してしまう危険もある。
- 方法論:
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本論文は、数量データやフィールドワークではなく、公刊された写真言説の精読(close reading)に基づく歴史的・概念的分析である。著者は、複数種の資料にわたり主要用語がどのように定義され使用されているかを比較することで、意味の変化を再構成する。資料には、異なる時代のアマチュア向け指導書(1935年のハンドブック、1980年代以降のマニュアルを含む)、主要カメラ雑誌の特集号(とくに *Asahi kamera* の1982年号・1983年号)、そして当該ジャンルに特化した制度的媒体(1989年創刊の隔月刊誌 *Fūkei-shashin*)が含まれる。さらに、用語選択をより広い美学的・文化的目的と結びつけるため、写真家・編集者の発言——たとえば佐々木昆による1971年の *neichā-foto* 定義、三谷秀夫による *Hikari no gosenfu* の回顧的説明、前田へのインタビュー——にも依拠する。加えて著者は、Eliot Porter と Ernst Haas の影響力ある写真集と日本側の作品を並置しつつ、写真表現上の戦略(例:ボケ、構図の平面性、狭い画角)を比較するスタイル解釈を行い、類似点と争点(前田が Porter との類似は偶然だと主張する点を含む)を指摘する。以上より、議論は語彙史、出版史、視覚/様式の比較を三角測量(triangulation)して構築され、アマチュア写真市場とその教育・指導インフラに継続的な注意が払われる。
- 結論と意義:
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本論文は、現代において *fūkei-shashin* が自然のランドスケープと結びつけられていることは、語の本質的性質ではなく、歴史的に偶有的で比較的新しいものだと結論づける。著者は、このジャンルの現代的意味が、(1) 1980年代初頭における *neichā-foto* の拡張(アマチュア志向に広がったこと)、(2) 前田真三が自然中心の作品の呼称として *fūkei-shashin* を強く主張したこと(英語由来の語を避ける意図、およびランドスケープを日本的アイデンティティと結びつけて枠づける意図が一部にあった)、(3) その後、専門誌と、1990年代の竹内敏信によるきわめて影響力の大きいマニュアルおよび趣味写真家へのメンター的役割を通じてこの用法が定着したこと、これらの相互作用によって結晶化したと論じる。
同時に論文は、前田と竹内のイメージが厳密な記録(documentary)というより解釈的で理想化されたものであり、しばしば近代化を省略し、人間と土地の望ましい調和を前景化している点を強調する。これは、アマチュアに人気である理由と、現代美術の制度において周縁的地位にある理由の双方を説明する。すなわち、そこでは「批評的アプローチが好まれる」うえ、キュレーターが、そのような理想主義や「覆い隠された愛国主義(veiled patriotism)」の美学的・イデオロギー的含意に懐疑的であるように見えるからである。本稿の広い意義は、写真ジャンルの用語が、アマチュア教育、雑誌文化、産業構造を通じて再定義されうること、そしてそれにより国家的写真言説の内部で何が規範的なイメージと見なされるかが作り替えられうることを示す点にある。
- 今後の展望:
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本論文は、*fūkei-shashin* という語の見通しについて、明確に不確実な展望を提示する。自然ランドスケープへの再定義が特定の有力人物に強く結びついているため、前田真三と竹内敏信の両者が亡くなった今、*fūkei-shashin* が同様のかたちで自然のイメージを指し続けるのかは不明である。それでも著者は、日本のランドスケープへの持続的な愛着に支えられ、創造的欲求も満たす自然との交感(communion)という形式を提供している限り、アマチュアにおけるジャンルの人気が近い将来に崩壊する可能性は低いと示唆する。
同時に本稿は、より長期的な緊張関係も示す。竹内の見方では、理想化された *fūkei-shashin* は、美的感受性を研ぎ澄ますことで開発による損傷への感度を高めうる一方で、自然がなお手つかず(pristine)であると観者に信じさせ、環境の現実や保全の問いに向き合う動機を弱める可能性もある。最後に著者は、現行のキュレーション上の嗜好の下では、美術館や現代ギャラリーにおける制度的承認は見込み薄であることを示唆し、このジャンルの将来は、現代美術写真のカノンよりも、主としてアマチュア市場と写真趣味文化の内部にとどまる可能性が高いと述べる。
- 背景と目的:
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この論文は、日本の写真ジャンルである
(風景写真)という言葉の意味が、時代とともにどう変わってきたのかを調べています。今は「花や森、紅葉などの自然をきれいに撮った写真」を指すことが多いですが、著者は「風景写真=自然」と決まっているわけではないと考えます。というのも、fūkei-shashin ( 日本で長く使われてきた写真ジャンル名で、現在は自然の景色を美しく撮る写真を指すことが多いですが、もともとは都市の景色なども含みうる幅広い言葉です。何を「風景写真」と呼ぶかが、時代や写真文化によって変わってきた点が重要です。) (風景)という言葉は本来「景色・眺め」という意味で、田舎だけでなく都市の景色も含められるからです。fūkei ( 日本語で「景色」「眺め」を意味する言葉で、自然だけでなく建物や街並みのような都市の景色も含められます。風景写真が自然に限られない可能性を考えるうえで基本になる言葉です。)
そこでこの論文は、特にアマチュア写真の世界で、いつから、どんな流れで、風景写真が主に自然の写真を意味するようになったのかを明らかにしようとします。また、1980年代以降の変化を追いながら、風景写真という考え方がアマチュア写真家によって、そしてアマチュア写真家のために形づくられてきた点を示します。
- 主要な発見:
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著者が示すのは、風景写真はもともと題材が幅広く、後になって「自然中心」へと意味が狭まっていった、ということです。たとえば1935年の松木藤雄のガイドでは、自然だけでなく都市の景観のような「近代の風景」も風景写真に含まれていました。こうした幅広い使われ方は1980年代まで続き、1987年の手引きでも都市風景を扱う章が見られます。
このように範囲が広かったため、風景写真は「スナップでもポートレートでもない作品」をまとめて入れられる便利なカテゴリーとしても働きました。
次に、意味が自然へと寄っていく流れの重要な背景として、1980年代初頭に (ネイチャー・フォト)がアマチュアに広がったことが挙げられます。もともとネイチャー・フォトは「自然現象を科学的に記録する写真」に近い考え方でしたが、だんだん科学重視が弱まり、海外の写真家(Eliot PorterやErnst Haasなど)の影響を受けた「美しさを強く意識する自然写真」も取り込むようになって普及しました。neichā-foto ( カタカナで書かれる「ネイチャー・フォト(自然写真)」のことです。もともとは自然現象を科学的に観察して撮る考え方が強かったのですが、のちに「自然をきれいに表現する」方向も取り込み、アマチュアに広がった点がこの論文の鍵です。)
その中で前田真三が、自分の作品をネイチャー・フォトよりも風景写真と呼びたがり、さらに「風景写真とは自然に近づくこと」と結びつけて語ったことが、風景写真=自然というイメージを強めました。1989年に創刊された雑誌Fūkei-shashin(前田の助言でこの誌名になった)も、その結びつきをより固めます。さらに1990年代には竹内敏信のマニュアルや雑誌での影響力が、アマチュア向けの標準として定着するのを後押ししました。
また前田と竹内の作風には共通点があり、電線などの現代的な人工物を避ける撮り方、人と自然がうまく調和しているように見せる好み、険しい秘境ではなく行きやすい場所からの撮影が多いことが指摘されます。これはアマチュアにとって魅力的ですが、現実の環境問題などを見えにくくしてしまう危険もあるとされます。
- 方法論:
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この論文は、統計データや現地調査よりも、すでに出版されている写真の文章資料を丁寧に読み解く方法で分析しています。具体的には、時代の違うアマチュア向けの指導書、カメラ雑誌の特集号、ジャンル専門の雑誌などを比べて、重要な言葉がどう定義され、どう使われたかを追います。
さらに、写真家や編集者の発言(ネイチャー・フォトの定義、作品シリーズの説明、前田へのインタビューなど)も材料にします。加えて、海外写真家の写真集と日本側の作品を並べ、ボケや構図など表現の特徴を比べることで、似ている点や意見が分かれる点も確認しています。
- 結論と意義:
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この論文の結論は、「風景写真が自然の写真を意味するのは、もともとそう決まっていたからではなく、比較的新しい歴史の結果だ」というものです。特に、1980年代のネイチャー・フォトの広がり、前田真三が風景写真という呼び方を強く押し出したこと、専門誌や竹内敏信のマニュアルによってその用法が広く定着したこと、これらが重なって今の意味が形づくられたと説明します。
同時に、前田や竹内の風景写真は、現実をそのまま記録するというより「理想の自然」を見せる傾向が強く、近代化の影響を写さないことも多いと指摘します。そのためアマチュアには人気が出やすい一方で、批評性が重視される現代美術の場では評価されにくく、理想主義や控えめな愛国心の表れとして疑われることもある、と述べます。
この研究の意義は、写真のジャンル名やその意味が、アマチュア教育や雑誌文化、写真産業の仕組みによって作り変えられることを示した点にあります。
- 今後の展望:
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著者は、風景写真という言葉が今後も自然中心の意味で使われ続けるかははっきりしないと述べます。なぜなら、その定着が前田真三と竹内敏信という大きな存在に強く支えられていたからです。ただし、日本の風景への愛着が続き、自然と向き合う楽しさや創作の満足感を与え続ける限り、アマチュアの人気がすぐに落ちる可能性は低いとも考えています。
一方で長期的には、理想化された風景写真が環境への感度を高めることもあり得る反面、「自然はまだきれいなままだ」と思わせてしまい、現実の環境問題や保全への関心を弱める危険もあると指摘します。また、現代美術の展示の好みが変わらない限り、美術館や現代ギャラリーで中心的に扱われる可能性は高くなく、このジャンルは主にアマチュア市場の中で続いていくだろうと述べます。
- 何のために?:
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この
は、「論文 ( あるテーマについて調べた結果 を、理由や資料 といっしょに書いた文章。何をどう調べたかが分かる形でまとめるのが大事です。) 風景写真 」の意味を調べます。
風景写真 は、今は自然 の写真が多いです。
でも、本当は自然 だけと決まっていません。
「風景 」は、町の景色 も入る言葉です。
いつから自然 の写真になったかを見ます。
とくに、趣味 の人の写真で調べます。
1980年代からの変化 も追いかけます。
風景写真 の考え方が、どう作られたか見ます。
- 何が分かったの?:
-
むかしの
風景写真 は、 が広かったです。題材 ( 作品や調べものの中心になる内容 。写真なら何を写すかを決める言葉で、風景写真 が何を写してきたかを説明 するのに重要 です。)
自然 だけでなく、町の景色 も入りました。
1935年の本にも、町の風景 が出ます。
この広い使い方は、1980年代まで続 きます。
1987年の本にも、町の がありました。章 ( 本の中を大きく分けたまとまり。どんな内容 が入っているかを示 せるので、昔の本に町の風景 が入っていたかを確 かめる手がかりになります。)
風景写真 は、まとめやすい箱にもなりました。
でも人物でもない写真を入れました。スナップ ( その場のようすをすばやく自然 に撮 る写真。風景写真 と分けて考えられることが多く、風景写真 が何を入れる箱だったかを説明 するのに関係 します。)
1980年代は、 が広がります。ネイチャー・フォト ( 自然 を中心に撮 る写真のこと。風景写真 の意味が自然 寄 りに変 わった流れを理解 するための重要 な言葉です。)
はじめは、自然 を する写真でした。記録 ( あとで分かるように、事実を残 すこと。自然 をそのまま伝 える写真の考え方を表し、美しさ重視 へ変 わった点と比 べるのに役立ちます。)
でも、だんだん美しさも大事になります。
外国の写真家の もありました。影響 ( ある人や出来事が、別 のものの考え方や行動を変 えること。外国の写真家などが日本の風景写真 の見方を変 えた理由を説明 できます。)
前田真三さんが流れを強めました。
前田さんは、自然 を風景写真 と呼 びました。
「風景写真 は、自然 に近づくこと」と言いました。
それで、風景写真 =自然 が強くなります。
1989年に「風景写真 」という雑誌 が出ます。
この雑誌 も、そのイメージを広めました。
1990年代は、竹内敏信さんも広めました。
本や雑誌 で、手本のようになりました。
前田さんと竹内さんの写真には似 た所もあります。
電線など、人が作った物をさけがちです。
人と自然 が、仲 よく見える撮 り方が多いです。
むずかしい山より、行きやすい所で撮 ります。
まねしやすいので、人気が出やすいです。
でも、環境 の問題が見えにくくなる心配もあります。
- どうやったの?:
-
この
は、本や論文 ( あるテーマについて調べた結果 を、理由や資料 といっしょに書いた文章。何をどう調べたかが分かる形でまとめるのが大事です。) 雑誌 をよく読みます。
数字の調査 や、 での現地 ( 実際 にその場所へ行くこと、またはその場所そのもの。机 の上の調べものと、外での調査 のちがいを説明 するために使われます。) 調査 は中心ではありません。
時代のちがう、写真の教え方の本を比 べます。
カメラ雑誌 の も特集 ( 雑誌 などで、あるテーマをまとめてくわしく取り上げること。カメラ雑誌 が風景写真 の考え方を広めたかどうかを見る手がかりになります。) 比 べます。
言葉の使い方が、どう変 わったか追います。
写真家や の人の言葉も使います。編集 ( 本や雑誌 を作るために、内容 を選 び、順番 や見せ方を整えること。編集 する人の考えが、言葉の意味の広まり方に関 わります。)
外国の と、日本の写真も写真集 ( 写真を中心にまとめた本。外国と日本の写真を比 べる資料 になり、どんな写真が手本になったかを調べるのに必要 です。) 比 べます。
ぼけ方や など、表し方も見ます。構図 ( 写真の中で、ものの位置 やバランスをどう決めるか。見え方や印象 が大きく変 わるので、風景写真 がどんな美しさを目指したかに関係 します。)
- 研究のまとめ:
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風景写真 が自然 の写真になったのは最近 です。
はじめから決まっていたわけではありません。
1980年代の が広がりました。ネイチャー・フォト ( 自然 を中心に撮 る写真のこと。風景写真 の意味が自然 寄 りに変 わった流れを理解 するための重要 な言葉です。)
前田さんが「風景写真 」を強く言いました。
雑誌 や竹内さんの本で、広く しました。定着 ( 考え方や言葉の使い方が広く広まり、ふつうのものとして落ち着くこと。風景写真 が自然 の意味で使われるようになった流れのまとめに必要 です。)
これらが重なり、今の意味ができました。
また、前田さんや竹内さんの写真は、理想の自然 です。
現実 をそのまま写すより、美しさを見せます。
の近代化 ( 社会や町が新しく便利 なしくみに変 わっていくこと。風景写真 が電線などを写さないことで、現実 の変化 が見えにくくなる問題につながります。) を写さないことも多いです。影響 ( ある人や出来事が、別 のものの考え方や行動を変 えること。外国の写真家などが日本の風景写真 の見方を変 えた理由を説明 できます。)
だから趣味 の人には、人気が出やすいです。
でも では、美術館 ( 美術 作品を集めて見せる場所。趣味 の写真と、芸術 としての評価 のされ方のちがいを考えるときに必要 です。) 評価 されにくいこともあります。
この研究は、言葉の意味が作られると示 しました。
それは、雑誌 や学び方、商売の でも仕組み ( 物事が動く流れや、成 り立っている形。雑誌 や商売が言葉の意味を変 えることを説明 するのに使います。) 変 わります。
- これからどうする?:
-
これからも
自然 中心で使われるかは不明 です。
その理由は、前田さんと竹内さんの力が大きいからです。
でも、自然 が好 きな人がいるかぎり人気は続 きそうです。
自然 と向き合う楽しさが、支 えになるからです。
ただ、気をつける点もあります。
理想の景色 は、環境 を大事にする気持ちも生みます。
その一方で、「自然 はまだ大丈夫 」と思わせます。
すると、 への環境問題 ( 自然 や生活のまわりの環境 がこわれたり悪くなったりする問題。写真が美しさだけを見せると問題が見えにくくなる、という話の中心になります。) が弱くなるかもしれません。関心 ( 気にして注意を向ける気持ち。環境問題 に気づく人が増 えるか減 るかを説明 するための言葉です。)
で中心になる美術館 ( 美術 作品を集めて見せる場所。趣味 の写真と、芸術 としての評価 のされ方のちがいを考えるときに必要 です。) は高くないとも言います。可能性 ( そうなる見こみがあること。風景写真 が美術館 で中心になるかどうかなど、未来 の話をするときに使います。)
これからも主に、趣味 の世界で続 くと考えます。
- 著者名:
- 甲斐 義明
- 掲載誌名:
- 人文科学研究
- 巻:
- 154
- ページ:
- Y25 - Y43
- 発行日:
- 2024-03
- 新潟大学学術リポジトリリンク:
- http://hdl.handle.net/10191/0002001470
