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17-19世紀、日本における博物学とアマチュア学者について

AI解説:
本論文は、17〜19世紀の日本の博物学を、18世紀半ば以降にヨーロッパとアジアで見られた、自然を収集し分類することへの関心の高まりという、より広域で地域横断的な潮流の中に位置づける。日本の歩みがヨーロッパの博物学と構造的に異なっていたのは、徳川幕府が海外渡航を禁じ、外国との接触を厳しく統制したためであり、その結果、日本の学者や愛好家は標本入手を外国遠征に頼ることができなかったと論じる。こうした制約がある一方で、江戸時代(1603–1868)には、博物学はエリートの学問の枠を超えて都市文化へと広がり、園芸、動物の飼育、公開展示、競争的な陳列といった形で表現された。以上を踏まえ、本論文は(1)日本の博物学が中国の本草学からいかに発展したかを、特に李時珍の『本草綱目(*Bencao gangmu*)』(1596年;1604年までに輸入)の導入・解釈・増補を通じて描写し、(2)多くが富裕商人であったアマチュアの学者が、収集、貸し出し、展示、知識交換の促進を通じて、物質面および社会面でどのように貢献したかを説明することを目的とする。議論は、代表的な「商人学者」である木村蒹葭堂(Kimura Kenkadō, 1736–1802)の事例研究へと収斂し、彼の私的コレクションが学術的交流の重要な場として機能したことを示す。
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著者名:
Ito Mamiko
掲載誌名:
19世紀学研究
号:
11
ページ:
17 - 24
発行日:
2017-03
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