論文詳細
自然科学系
理学部
#紀要論文
Systematics and palaeobiogeograpy of Permian brachiopods from Pliocene conglomerate of Hitachi, central Japan
- AI解説:
- 日本の地質史の最初期および日本列島のテクトニックな組み立て過程を復元するうえで、中央日本の日立古生代岩類は重要な証拠とみなされている。しかし、その起源(provenance)とテクトニックな帰属(tectonic affiliation)については議論が続いている。有力な解釈として、北中国(Sino-Korea)縁辺のカンブリア紀?〜ペルム紀のマグマ弧(magmatic arc)に沿う堆積物に由来するという見方と、北中国—南中国(Yangtze)の衝突縫合帯(collisional suture)内にある大別—蘇魯(Dabie–Sulu)UHP変成帯との対比という見方が対立している。こうした状況のもと、再堆積した礫(reworked clasts)に含まれるペルム紀化石は、年代と古生物地理学的位置(palaeobiogeographic position)の双方に対して独立した制約条件を与えうる。本論文は、日立に分布する鮮新統・久米層(Kume Formation)の基底礫岩に含まれる頁岩および泥質石灰岩の転石中から見つかった、石名坂腕足類群集(Ishinazaka brachiopod fauna)を対象とする。著者の目的は、(i) 既報の資料にもとづいて腕足類群集を正式に記載すること、(ii) 群集の年代と古生物地理学的含意を再評価することである。論文では、この再評価がTazawa et al. (2014) と同じ結果を与えることが明記されている。
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自然科学系
理学部
#紀要論文
Systematics and palaeobiogeograpy of Permian brachiopods from Pliocene conglomerate of Hitachi, central Japan
AI解説
- 背景と目的:
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日本の地質史の最初期および日本列島のテクトニックな組み立て過程を復元するうえで、中央日本の日立古生代岩類は重要な証拠とみなされている。しかし、その起源(provenance)とテクトニックな帰属(tectonic affiliation)については議論が続いている。有力な解釈として、北中国(Sino-Korea)縁辺のカンブリア紀?〜ペルム紀のマグマ弧(magmatic arc)に沿う堆積物に由来するという見方と、北中国—南中国(Yangtze)の衝突縫合帯(collisional suture)内にある大別—蘇魯(Dabie–Sulu)UHP変成帯との対比という見方が対立している。こうした状況のもと、再堆積した礫(reworked clasts)に含まれるペルム紀化石は、年代と古生物地理学的位置(palaeobiogeographic position)の双方に対して独立した制約条件を与えうる。本論文は、日立に分布する鮮新統・久米層(Kume Formation)の基底礫岩に含まれる頁岩および泥質石灰岩の転石中から見つかった、石名坂腕足類群集(Ishinazaka brachiopod fauna)を対象とする。著者の目的は、(i) 既報の資料にもとづいて腕足類群集を正式に記載すること、(ii) 群集の年代と古生物地理学的含意を再評価することである。論文では、この再評価がTazawa et al. (2014) と同じ結果を与えることが明記されている。
- 主要な発見:
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石名坂群集は、16属17種の腕足類からなり、Isogramma heritschi、Kitakamichonetes multicapillatus、Transennatia gratiosa、Spinomarginifera kueichowensis、Bathymyonia ussurica、Bathymyonia neimongolica、Urushtenoidea chaoi、Permianella typica、Dicystoconcha lapparenti、Schuchertella debaisiensis、Uncinunellina timorensis、ならびに分類を確定できず暫定表記(open nomenclature)とされた複数の分類群(例:Linoproductus sp., Spiriferella sp., Whitspakia sp.)を含む。主要種の層序的産出範囲を取りまとめた結果、この群集はWordian(中部ペルム紀)と同定される。このWordianという年代は、有孔虫化石(フズリナ類)の “Pseudofusulina” vulgaris にもとづいて鮎川層(Ayukawa Formation)に推定されていた従来の年代より新しく、著者は、腕足類を含む転石は、以前に報告されたフズリナ類を含む石灰岩よりも、より上位の層準に由来したと主張している。古生物地理学的には、本群集は南部北上帯(South Kitakami Belt)のWordian腕足類群集と強い類縁性を示し、17種中8種が北上山地南部にも産する。群集はBoreal–Tethyanの混合型と解釈され、Tethyan(熱帯型)要素が優勢である一方、特定の属(例:Bathymyonia、Spiriferella)はBoreal(反熱帯型)成分を表す。これにもとづき、Wordian期の日立地域は、BorealとTethyanの領域の移行帯であるSino-Mongolian?Japanese Provinceに位置し、同時期の南部北上地域よりわずかに南にあったと推定される。
- 方法論:
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本研究は、茨城県日立市の地点HT4(36°30′24″N, 140°35′53″E)において、鮮新統・久米層基底礫岩に埋在する頁岩および泥質石灰岩の転石から採集された腕足類標本にもとづく。転石(直径0.3–1.5 m)には他の化石群(例:コケムシ類、ウミユリ類、フズリナ類、軟体動物、三葉虫)も含まれ、化石を産するペルム紀の供給層(source strata)の存在を示す。著者は、これらの礫(clasts)が隣接する日立古生代岩類から侵食されてきたものとし、最も可能性が高い供給源をペルム系の鮎川層と考える。その根拠は主として地理的近接性と岩相の類似性であり、黒色頁岩および暗灰色の泥質石灰岩が鮎川層の岩相、ならびに南部北上帯の下部叶倉統(lower Kanokura Series)のユニットと比較可能であるとする。分類学的検討は系統古生物学(systematic palaeontology)により行い、標本(Kuzu Fossil Museumで接頭辞KFMとして登録)は殻の形態と装飾にもとづいて同定され、日本および他地域の既刊の記載・図との明示的な比較が行われる。年代評価は新たな放射年代測定には依拠せず、生層序学的総合(biostratigraphic synthesis)によって行われる。すなわち、同定された分類群の文献上の層序的産出範囲を収集し(産出範囲の要約では不確実な5種を除外)、その重なりから最も可能性の高い年代を制約する。古生物地理学的解釈は、種レベルでの分布比較(例:南部北上および中国地域との共通分類群)と、属をBoreal(antitropical)要素とTethyan(tropical)要素に分類することにもとづいて導かれる。
- 結論と意義:
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本論文は、石名坂腕足類群集がWordianの群集であり、鮮新統・久米層基底礫岩に再堆積したもので、供給源は日立古生代岩類中のペルム系・鮎川層である可能性が最も高いと結論づける。腕足類の生層序にもとづいてWordianの年代を確立することで、前期ペルム紀のフズリナ類産出を重視してきた従来の年代制約を精緻化し、腕足類を含む資料はフズリナ類を含む石灰岩ブロックより上位の層準に由来したという見解を提示する。南部北上帯のWordian群集との強い分類学的類似性に加え、Boreal要素とTethyan要素の混在(Tethyan優勢)が確認されることから、Wordian期の日立地域は北中国の北縁〜東縁に沿うSino-Mongolian?Japanese Provinceにおける移行的な古生物地理学的位置を占めていたと解釈される。さらに著者は、鮎川層が南部北上帯で知られるペルム紀堆積物の南方延長を表す可能性が高いと論じる。意義として、本研究は系統分類学的な記載と、古生物地理学に基づく対比を提供し、中部ペルム紀における日立地域の古地理的位置を議論するうえで有用であると著者は考えている。一方で、日立古生代岩類の起源に関するより広い解釈は、既存研究全体の中でなお不確実であることも冒頭で認めている。
- 背景と目的:
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日本列島がどのようにできたのかを考えるうえで、中央日本にある
はとても大事な手がかりだと考えられています。しかし、この岩石がどこから来たものなのか、そしてどんな大きな地殻変動の中で現在の場所に関わったのかについては、意見が分かれています。日立古生代岩類 ( 日本の中でも特に古い時代にできた岩石のまとまりで、日立地域に分布します。日本列島がどう作られたかを考える重要な材料になります。)
そのため、あとから運ばれてきた石(礫)に含まれるペルム紀の化石は、年代や当時の地域の位置関係を考えるための新しい手がかりになります。
この研究は、日立市に分布する久米層という地層のいちばん下の礫岩に入っていた から見つかった、石名坂転石 ( 地層の中に入っている大きな石のかたまりで、もとの場所から運ばれてきたものです。中に入った化石や岩石の種類から、供給源を推定できます。) 腕足類 ( 貝に似た殻をもつ海の生き物のグループです。地質時代の特定や、当時の海の環境・地域のつながりを考えるのに役立ちます。) という化石の集まりを調べたものです。目的は、腕足類の化石をきちんと記載し直し、その年代と、当時どの地域に近い生き物だったのかをもう一度確かめることです。研究の結論は、すでに報告されていた2014年の研究と同じになると述べられています。群集 ( 同じ場所・同じ頃に生きていた複数の生物(ここでは化石)のまとまりです。環境や時代の特徴をまとめて読み取れます。)
- 主要な発見:
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石名坂
腕足類 ( 貝に似た殻をもつ海の生き物のグループです。地質時代の特定や、当時の海の環境・地域のつながりを考えるのに役立ちます。) は、腕足類16属17種から成り立っています。群集 ( 同じ場所・同じ頃に生きていた複数の生物(ここでは化石)のまとまりです。環境や時代の特徴をまとめて読み取れます。)
それぞれの種が別の地域や地層でいつの時代に出るかを整理した結果、この群集の年代は中部ペルム紀の と判断されました。これは、以前にWordian ( ペルム紀の中部にあたる時代区分の名前です。化石の種類から年代を絞り込むときの基準になります。) の化石から考えられていた「前期ペルム紀より古いかもしれない」という見方より、新しい年代です。著者は、腕足類を含むフズリナ類 ( 米粒のような形をした有孔虫の仲間で、石灰岩からよく見つかる化石です。ペルム紀の地層の年代決定に広く使われます。) は、フズリナ類を含む石灰岩よりも上の層準から来た可能性が高いと考えています。転石 ( 地層の中に入っている大きな石のかたまりで、もとの場所から運ばれてきたものです。中に入った化石や岩石の種類から、供給源を推定できます。)
また、この群集は南部北上帯のWordianの腕足類群集とよく似ており、17種のうち8種が南部北上地域でも見つかります。群集の特徴としては、熱帯寄りの生物( )が多い一方で、反熱帯寄りの生物(Tethyan ( 熱帯寄りの地域に多い生物のタイプを指します。化石群集で優勢だと、当時の環境が暖かい海に近いことを示す手がかりになります。) )も一部混ざる「混合型」だと解釈されました。これをもとに、Wordianのころの日立地域は、BorealとTethyanの境目にあたるBoreal ( 反熱帯寄りの地域に多い生物のタイプを指します。化石群集に含まれると、その地域が高緯度側の影響を受けていた可能性が示されます。) に位置し、南部北上地域より少し南側にあったと推定されています。Sino-Mongolian?Japanese Province ( BorealとTethyanの境目にある移行帯として考えられている生物地理区です。北中国の北縁から東縁に沿って発達したとされ、日立地域の位置推定に使われます。)
- 方法論:
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研究対象は、茨城県日立市の地点HT4にある久米層の基底礫岩に入っていた、頁岩や泥質石灰岩の
から採集された転石 ( 地層の中に入っている大きな石のかたまりで、もとの場所から運ばれてきたものです。中に入った化石や岩石の種類から、供給源を推定できます。) 化石です。転石には腕足類以外にも、コケムシ類やウミユリ類、腕足類 ( 貝に似た殻をもつ海の生き物のグループです。地質時代の特定や、当時の海の環境・地域のつながりを考えるのに役立ちます。) などが含まれていて、どこかにペルム紀の化石を多く含む地層が供給源として存在したことを示します。フズリナ類 ( 米粒のような形をした有孔虫の仲間で、石灰岩からよく見つかる化石です。ペルム紀の地層の年代決定に広く使われます。)
著者は、これらの礫は近くの から削られて運ばれてきたと考え、特に日立古生代岩類 ( 日本の中でも特に古い時代にできた岩石のまとまりで、日立地域に分布します。日本列島がどう作られたかを考える重要な材料になります。) が最も有力な供給源だと判断しました。理由は、場所が近いことと、岩石の性質が似ていることです。鮎川層 ( 日立古生代岩類の中にあるペルム紀の地層で、凝灰質の泥岩や砂岩などから成ります。今回の転石の供給源として最も有力とされます。)
化石の種類の判定は、標本の形や表面の模様をよく観察し、過去の研究の図や記載と比べて行いました。年代は新しく測定した数値年代ではなく、生層序学的な方法で、各種が知られている年代範囲の重なりから推定しました。古生物地理は、他地域との共通種の有無や、属が 型かBoreal ( 反熱帯寄りの地域に多い生物のタイプを指します。化石群集に含まれると、その地域が高緯度側の影響を受けていた可能性が示されます。) 型かを手がかりに考えました。Tethyan ( 熱帯寄りの地域に多い生物のタイプを指します。化石群集で優勢だと、当時の環境が暖かい海に近いことを示す手がかりになります。)
- 結論と意義:
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石名坂
腕足類 ( 貝に似た殻をもつ海の生き物のグループです。地質時代の特定や、当時の海の環境・地域のつながりを考えるのに役立ちます。) は群集 ( 同じ場所・同じ頃に生きていた複数の生物(ここでは化石)のまとまりです。環境や時代の特徴をまとめて読み取れます。) の化石群で、久米層の礫岩の中に再堆積したWordian ( ペルム紀の中部にあたる時代区分の名前です。化石の種類から年代を絞り込むときの基準になります。) に入っていたものだと結論づけられました。供給源は、転石 ( 地層の中に入っている大きな石のかたまりで、もとの場所から運ばれてきたものです。中に入った化石や岩石の種類から、供給源を推定できます。) のペルム系・日立古生代岩類 ( 日本の中でも特に古い時代にできた岩石のまとまりで、日立地域に分布します。日本列島がどう作られたかを考える重要な材料になります。) である可能性が最も高いとされています。鮎川層 ( 日立古生代岩類の中にあるペルム紀の地層で、凝灰質の泥岩や砂岩などから成ります。今回の転石の供給源として最も有力とされます。)
腕足類にもとづいてWordianという年代をはっきりさせたことで、 だけに頼っていた従来の年代の見積もりをより細かく見直せるようになりました。また、日立地域が当時どのあたりの海域にあったのかを、南部北上帯との類似やフズリナ類 ( 米粒のような形をした有孔虫の仲間で、石灰岩からよく見つかる化石です。ペルム紀の地層の年代決定に広く使われます。) とBoreal ( 反熱帯寄りの地域に多い生物のタイプを指します。化石群集に含まれると、その地域が高緯度側の影響を受けていた可能性が示されます。) の混合という特徴から推定し、日立が北中国の縁に沿う移行帯にあった可能性を示しました。Tethyan ( 熱帯寄りの地域に多い生物のタイプを指します。化石群集で優勢だと、当時の環境が暖かい海に近いことを示す手がかりになります。)
ただし、日立古生代岩類全体の についての大きな結論は、まだ確実ではない点も認められています。起源 ( その岩石や堆積物が、もともとどこで作られ、どこから運ばれてきたのかという意味です。地層の成り立ちを考える中心になります。)
- 何のために?:
-
日本の島が、どうできたかを知りたいです。
そのヒントになる岩が、日立市にあります。
でも、その岩がどこから来たかは、まだ不明 です。
そこで、運ばれてきた石の化石を調べます。
化石があると、昔の時代が分かります。
この研究は、 という久米 層 ( 日立市周辺 にある地層 の名前です。どんな石や化石が入っているかを調べることで、その場所の昔の環境 が分かります。) を見ました。地層 ( 土や砂 や石などが、長い時間をかけて重なってできた層 のことです。下のほうほど古いことが多く、地球の過去 を読むために重要 です。)
いちばん下の の石に、化石がありました。れき岩 ( 小石や丸い石がたくさん集まって、かたまった岩のことです。石がどこから運ばれてきたかを考える材料 になります。)
その化石の集まりを、くわしく調べました。
ねらいは、化石の名前や時代を確 かめることです。
そして、当時どこに近い海かも考えます。
結論 は、2014年の研究と同じだと言います。
- 何が分かったの?:
-
見つかったのは、
という生き物の化石です。腕足類 ( 貝に似 た形をした海の生き物の仲間 のことです。化石としてよく残 り、どの時代の地層 かを考える手がかりになります。)
全部で、16の仲間 、17の種類 がありました。
くらべて調べると、時代は です。ワーディアン ( とても昔の地球の時代の名前で、ペルム紀のまん中ごろを指します。化石の種類 からこの時代だと分かると、地層 ができたころを決めやすくなります。)
これは、 のまん中ごろの時代です。ペルム紀 ( 地球の歴史 を分けた大きな時代の名前です。どの生き物がいたかや、当時の海や大地のようすを考える基準 になります。)
前よりも、新しい時代だと分かりました。
化石の入った石は、上の から来たようです。地層 ( 土や砂 や石などが、長い時間をかけて重なってできた層 のことです。下のほうほど古いことが多く、地球の過去 を読むために重要 です。)
この集まりは、 という南部北上 ( 日本の東北地方にある地質 の地域 名です。ほかの場所の化石や地層 と比 べて、似 ているかどうかを考える基準 になります。) 地域 とよく似 ます。
17種類 のうち、8種類 が同じでした。
あたたかい海の生き物が、たくさんいます。
でも、さむい海の生き物も、少しまじります。
だから、まざったタイプだと考えました。
そのころ日立は、境目 の海にあったようです。
南部北上より、少し南だったと考えます。
- どうやったの?:
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日立市のHT4という場所で石を集めました。
のいちばん下の久米 層 ( 日立市周辺 にある地層 の名前です。どんな石や化石が入っているかを調べることで、その場所の昔の環境 が分かります。) からです。れき岩 ( 小石や丸い石がたくさん集まって、かたまった岩のことです。石がどこから運ばれてきたかを考える材料 になります。)
運ばれてきた石の中に、化石が入っていました。
石は、 や頁岩 ( とても細かい土がたまって、うすい板のように割 れやすくなった岩です。静 かな水の中でたまった可能性 など、できた場所の手がかりになります。) 泥 っぽい でした。石灰岩 ( 海の生き物のからだや貝がらなどが元になってできることが多い岩です。海だった場所や水の性質 を考えるのに役立ちます。)
ほかにも、 やコケムシ ( 小さな海の生き物が集まって群 れを作る仲間 です。化石になると、当時の海の環境 を知る手がかりになります。) がありました。ウミユリ ( 海にすむ生き物の仲間 で、見た目は花のようですが動物です。化石があると、昔の海にどんな生き物がいたかが分かります。)
という化石も、いっしょに出ました。フズリナ ( 昔の海にいた小さな生き物の化石で、米つぶのような形をしています。出る時代がある程度 決まっているため、地層 の年代を考えるのに使われます。)
どこかに、化石が多い があると分かります。地層 ( 土や砂 や石などが、長い時間をかけて重なってできた層 のことです。下のほうほど古いことが多く、地球の過去 を読むために重要 です。)
れきは、近くの古い岩からけずれたと考えます。
とくに、 が元の場所だと思いました。鮎川 層 ( 地層 の名前で、研究では石や化石の元の場所かもしれないと考えています。元の地層 が分かると、石がどこから来たかを説明 しやすくなります。)
近いことと、石のようすが似 るからです。
化石の名前は、形やもようで決めました。
昔の研究の絵や説明 と、くらべました。
時代は、数をはかって決めたわけではありません。
それぞれの化石が出る時代を使って考えました。
ほかの地域 と、同じ種類 がいるかも見ました。
- 研究のまとめ:
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この化石の集まりは、
のものです。ワーディアン ( とても昔の地球の時代の名前で、ペルム紀のまん中ごろを指します。化石の種類 からこの時代だと分かると、地層 ができたころを決めやすくなります。)
の中に、もう一度たまった石にありました。れき岩 ( 小石や丸い石がたくさん集まって、かたまった岩のことです。石がどこから運ばれてきたかを考える材料 になります。)
元の は、地層 ( 土や砂 や石などが、長い時間をかけて重なってできた層 のことです。下のほうほど古いことが多く、地球の過去 を読むために重要 です。) の鮎川 層 ( 地層 の名前で、研究では石や化石の元の場所かもしれないと考えています。元の地層 が分かると、石がどこから来たかを説明 しやすくなります。) 可能性 が高いです。
で時代が、はっきりしました。腕足類 ( 貝に似 た形をした海の生き物の仲間 のことです。化石としてよく残 り、どの時代の地層 かを考える手がかりになります。)
そのため、前の見方をくわしく直せます。
また、日立がどの海にあったかも考えました。
あたたかい海と、さむい海の境目 らしいです。
ただし、岩ぜんたいの元は、まだ不明 です。
- 著者名:
- Tazawa Jun-ichi
- 掲載誌名:
- Science reports of Niigata University. (Geology)
- 巻:
- 30
- ページ:
- 57 - 88
- 発行日:
- 2015-03
- 新潟大学学術リポジトリリンク:
- http://hdl.handle.net/10191/32235
