論文詳細
大学院現代社会文化研究科
#紀要論文
日本語の遊離数量詞の前提的解釈について
- AI解説:
- 本論文は、日本語の浮遊数詞量化子(floating numeral quantifiers;floating quantifiers;FQs)が、既に談話内で確立された集合の部分集合を指す「前提的(presuppositional)」解釈なのか、談話に新しい集合を導入する「非前提的(nonpresuppositional)」解釈なのか、という観点からどのように解釈されるかを扱う。先行研究であるHomma et al. (1992) は、FQを伴う名詞句(NP-FQs)は、前置型の量化子(prenominal quantifiers)をもつQ-NPsが文脈に応じて前提的にも非前提的にもなり得るのとは異なり、非前提的解釈しか許さないと主張した。これに対し、後続研究のIshii (1997, 1998) は、たとえばホストとなるNPが、特定の過去の出来事を表す関係節を含む場合や、出来事性の名詞(eventive nominal)を含む場合など、一定の条件下ではNP-FQsが曖昧になり得ることを示して、この見解に異議を唱えた。こうした背景のもと、本論文の目的は、NP-FQsの前提的/非前提的の曖昧性は統語に起因すると論じることである。すなわち、それは真正の文法的曖昧性であり、その成立と消失は統語操作によって制御されるとする。副次的な目的として、NP-FQsは意味的には非前提的にしかならず、見かけ上の前提的読みは取り消し可能な語用論的推論によって生じるにすぎないとする競合理論(Tanaka (2015))を検討し、反駁することも掲げる。
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大学院現代社会文化研究科
#紀要論文
日本語の遊離数量詞の前提的解釈について
AI解説
- 背景と目的:
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本論文は、日本語の浮遊数詞量化子(floating numeral quantifiers;floating quantifiers;FQs)が、既に談話内で確立された集合の部分集合を指す「前提的(presuppositional)」解釈なのか、談話に新しい集合を導入する「非前提的(nonpresuppositional)」解釈なのか、という観点からどのように解釈されるかを扱う。先行研究であるHomma et al. (1992) は、FQを伴う名詞句(NP-FQs)は、前置型の量化子(prenominal quantifiers)をもつQ-NPsが文脈に応じて前提的にも非前提的にもなり得るのとは異なり、非前提的解釈しか許さないと主張した。これに対し、後続研究のIshii (1997, 1998) は、たとえばホストとなるNPが、特定の過去の出来事を表す関係節を含む場合や、出来事性の名詞(eventive nominal)を含む場合など、一定の条件下ではNP-FQsが曖昧になり得ることを示して、この見解に異議を唱えた。こうした背景のもと、本論文の目的は、NP-FQsの前提的/非前提的の曖昧性は統語に起因すると論じることである。すなわち、それは真正の文法的曖昧性であり、その成立と消失は統語操作によって制御されるとする。副次的な目的として、NP-FQsは意味的には非前提的にしかならず、見かけ上の前提的読みは取り消し可能な語用論的推論によって生じるにすぎないとする競合理論(Tanaka (2015))を検討し、反駁することも掲げる。
- 主要な発見:
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中心的な発見は、日本語のNP-FQsが前提的解釈と非前提的解釈の間で真に曖昧になり得ること、そしてこの曖昧性が統語配置に体系的に依存することである。本論文はIshii (1997, 1998) を踏まえ、特定の環境ではNP-FQsが前提的に解釈され得ることを認める。たとえばホストNPが、過去の特定の出来事を指すものとして解釈される関係節を含む場合、両方の読みが得られ、「もう残っていない(none left)」(非前提的)にも「まだ2つ残っている(two still left)」(前提的)にも整合する談話継続が可能になる。続いて本論文は、2つの統語的効果を強調する。第一に、目的語のNP-FQにおいて、ホストNPがscramblingによってVP周縁位置へ移動し、FQが元の目的語位置に残ると、非前提的解釈が失われる。すなわち文は、より大きく顕在的な集合を前提とする継続にのみ整合し(例:「まだ2つ残っている」は許すが、「もう残っていない」には抵抗する)、非前提的読みができなくなる。第二に、目的語NPと数詞量化子の表面語順を逆転させ(数詞を名詞の前に置く)ると、標準的語順では利用可能な前提的読みが消え、非前提的解釈のみが残る。これらの曖昧性解消パターンは、Tanaka (2015) の語用論的アプローチの下では予想しにくいと論じられる。というのも、非前提的な基盤からの語用論的な「付加(enrichment)」は原理的には利用可能なままであるはずなのに、問題となる統語配置では、その「付加された」前提的読みが消失するからである。
- 方法論:
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本論文は、実験手法やコーパスに基づく方法ではなく、狙いを定めた日本語例と、容認性/解釈に関する診断に基づく議論によって進められる。まず、談話における振る舞いにより前提的読みと非前提的読みを区別する。すなわち、前提的な量化表現は、先に導入された集合の部分集合を取り出せる(2文談話におけるQ-NPsのように)のに対し、非前提的表現は新たな談話指示対象を導入する(単純な「Five witnesses appeared」のように)。次に、本論文は、文が「残存」を含意する文脈(たとえば「まだ2つ残っていた」に相当する後続)と整合するか、あるいは「尽きた」ことを含意する文脈(「もう残っていなかった」)と整合するかを調べる継続テスト(continuation tests)を採用・適用する。これらのテストは、NP-FQsに部分集合解釈が利用可能かどうかを診断するために用いられる。方法論の核は、最小限の差しかない統語配置を比較することである。(i) 曖昧性を許すベースラインのNP-FQ構造、(ii) ホストNPがFQから切り離されるscrambling配置、(iii) 数詞が名詞に先行する語順逆転配置、の3つである。語用論的対案は、Tanakaのデータ(partitive構造とNP-FQ構造の対比、ならびに取り消し可能性(cancellability)型の推論テスト)を検討した上で、scramblingと語順逆転の事例で観察される「統語による読みの消失」を、その語用論的説明が予測できるかどうかを確認することで評価される。
- 結論と意義:
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本論文は、日本語のNP-FQsの前提性は、両方の解釈(前提的・非前提的)が構造的に許可され得るという意味で「文法が生み出す(yielded by the grammar)」ものだと結論づける。また、統語操作によってその一方の解釈が取り除かれ得るとする。ホストNPをFQから切り離すscramblingは前提的読みを強制する一方で、NP–FQの語順を逆転させると前提性が阻害され、非前提的読みのみが残り得る。これらの変化が統語的操作に対応して生じることから、本論文は、曖昧性を純粋な語用論的推論に還元するのではなく、統語に基づく説明を支持する根拠になると述べる。とりわけ、Tanaka (2015) の提案(NP-FQsは根本的に非前提的で、前提性は語用論的に導かれ、したがって取り消し可能である)では、(i) 非前提的読みそのものが消えてしまい(推論の基盤がなくなる)、(ii) 非前提的意味が存在しているにもかかわらず前提的読みが生じない、といった事例を想定していないと論じる。より広い意義として、日本語の浮遊量化(floating quantification)は、単一の意味解釈に語用論的付加を施したものへ還元できないこと、むしろ統語から解釈への対応(mapping)が、部分集合読みが文法的に利用可能となる条件を符号化していなければならないことを示す。
- 今後の展望:
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本論文は、形式的な意味で何が決定的な統語要因なのかを明確には未解決のまま残している。scramblingやNP–FQの語順変化が前提性に影響することは論じるものの、曖昧な場合に2つの解釈に対応するはずの2種類の統語構造(たとえば、NP-FQが「three books」読みと「three of the books」読みの両方を許すとき、その基盤となる構造)を同定していない。したがって主要な今後の課題は、前提的読みと非前提的読みを生成する具体的な構造分析を提示し、正当化すること、そして特定の操作(ホストNPのscrambling、NP–FQの逆転)がなぜ一方の読みだけを消すのかを説明することである。さらに議論から含意される展望として、既に指摘されている「意味的」条件(例:特定の出来事を表す関係節、出来事性の名詞)が統語配置とどのように相互作用するかを精緻化することも挙げられる。本論文は、出来事性に関わる要因と統語の双方が重要であることを示唆するが、統一的なメカニズムは提示しない。観察された曖昧性解消効果を保ったまま、これらの制約を統合する理論を構築することが、今後の研究に向けた未解決問題として提示されている。
- 背景と目的:
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この論文は、日本語の「
」が文の中でどんな意味になりやすいのかを調べます。特に、すでに話の中で出てきた集団の一部を指す読み方(前提的)なのか、それとも話の中に新しく集団を登場させる読み方(非前提的)なのかに注目します。浮遊数詞量化子 ( 数を表す言葉が名詞のすぐそばではなく文中に離れて出る表現です。日本語では名詞と数詞が別の位置に現れることがあり、そのとき数がどの集団を数えるのかが問題になります。)
先行研究では、浮遊数詞量化子を含む表現は非前提的にしか読めないと言われてきました。しかし別の研究では、条件によっては前提的にも読めて、意味があいまいになることが示されました。
そこで本論文は、この「あいまいさ」は意味や状況だけで決まるのではなく、文の形や語順などの統語の違いが原因で起きる、と主張します。あわせて、前提的に見える読みは会話の推測で生まれるだけだとする考え方も検討し、反対意見を述べます。
- 主要な発見:
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重要な結論は、日本語の
を含む表現は、前提的な読み方と非前提的な読み方の両方になり得て、本当にあいまいになるという点です。そして、そのあいまいさは、語順や移動などの統語的な配置によって規則的に変わります。浮遊数詞量化子 ( 数を表す言葉が名詞のすぐそばではなく文中に離れて出る表現です。日本語では名詞と数詞が別の位置に現れることがあり、そのとき数がどの集団を数えるのかが問題になります。)
たとえば、名詞が「過去の特定の出来事」を表す を含むと、非前提的にも前提的にも読めるため、「もう残っていない」にも「まだ2つ残っている」にもつなげられることがあります。関係節 ( 名詞を説明する節で、「〜した本」「〜している人」のように名詞を修飾します。特定の出来事を表す関係節かどうかが、読み方に影響することがあります。)
一方で統語操作によって読みが固定されることも示されます。例えば、目的語の名詞句だけが前に動いて数詞量化子が元の位置に残る形になると、非前提的読みができなくなり、前提的読みだけが強くなります。逆に、数詞量化子を名詞より前に出す語順にすると、前提的読みが消えて非前提的読みだけが残ることがあります。
こうした「統語の形が変わると読みが消える」という現象は、推測だけで前提的読みが作られるという説明では捉えにくい、と論じます。
- 方法論:
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この論文は、実験や大規模データではなく、よく作られた例文を使って「その文がどう理解できるか」を丁寧に比べて議論します。
前提的か非前提的かは、文のあとに続けられる文( の続き)がどちらかで見分けます。具体的には、「まだ残っている」を自然につなげられるか、それとも「もう残っていない」を自然につなげられるかを確かめるテストを使います。談話 ( 単文だけでなく、前後の文のつながりを含めた会話や文章の流れのことです。ある表現が何を指すかは、談話の中で決まることがあります。)
そして、ほとんど同じ内容で統語だけが違う3種類の形を比べます。ふつうの形、名詞句が前に動く形、名詞と数詞の順序を入れ替える形です。さらに、別の理論が使う根拠となる例も点検し、それでも統語による読みの変化が説明できるかを確認します。
- 結論と意義:
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本論文は、
を含む表現が前提的にも非前提的にも読めることがあり、その違いは文法の仕組み(統語)によって生み出される、と結論づけます。また、統語操作によって、どちらか一方の読みだけが選ばれてしまうことも示します。浮遊数詞量化子 ( 数を表す言葉が名詞のすぐそばではなく文中に離れて出る表現です。日本語では名詞と数詞が別の位置に現れることがあり、そのとき数がどの集団を数えるのかが問題になります。)
この結果は、「前提的に見える読みは推測で付け足されたものにすぎない」という考え方よりも、「文法が2つの読みを用意していて、統語がどちらを出すかを左右する」という考え方を支持します。
より広い意味では、日本語の浮遊量化は、同じ意味に推測を付け足すだけでは説明できず、統語と意味の対応関係そのものが重要だと示唆します。
- 今後の展望:
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今後の課題は、前提的読みと非前提的読みを生み出す具体的な統語構造がそれぞれ何なのかを、はっきり提案することです。また、なぜ名詞句の移動や語順の変更が、一方の読みだけを消してしまうのかも説明する必要があります。
さらに、 が特定の出来事を表す場合や、関係節 ( 名詞を説明する節で、「〜した本」「〜している人」のように名詞を修飾します。特定の出来事を表す関係節かどうかが、読み方に影響することがあります。) がある場合に前提的読みが出やすいといった意味的な条件が、統語配置とどう組み合わさって働くのかも、より詳しく整理することが求められます。出来事性の名詞 ( 行動や事件など「出来事」を表す名詞です。こうした名詞があると、文が特定の出来事と結びつきやすくなり、前提的読みが出ることがあります。)
- 何のために?:
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この文は、日本語の文を調べる研究です。
「数をあらわすことば」がテーマです。
たとえば、「りんごを2こ」みたいな言い方です。
それが文の中で、どう聞こえるか見ます。
前からある の一部なのかを見ます。集団 ( 同じ種類 のものをまとめた「ひとまとまり」のこと。文章では「前から話に出ている集団 」か「新しく出てきた集団 」かで、聞き手が意味を取りちがえやすくなるので大事です。)
それとも、新しく出てきた集団 かを見ます。
今までの研究では、新しく出てくると言われました。
でも、場合によっては、どちらにも聞こびます。
そこで、この研究は別 の考えを出します。
文の形や語のならびが、原因 だと言います。
また、「聞いた人の だけ」推測 ( 見た情報 や聞いた情報 から「たぶんこうだ」と考えること。聞いた人の推測 だけで説明 できるかが、この研究で確 かめたい点なので重要 です。) 説 も調べます。
そして、それだけでは足りないと話します。
- 何が分かったの?:
-
大事な
結論 があります。
この言い方は、2つの意味になれます。
前からあるものの一部にも聞こえます。
新しく出てきたものにも聞こえます。
つまり、本当に になります。あいまい ( どちらの意味にも取れて、はっきり決められないこと。1つの文が2通りに聞こえるという、この研究の中心の問題です。)
そして、語のならびで意味が変 わります。
たとえば、文に「むかしの出来事」の説明 があると、
どちらの意味にも聞こえやすいです。
だから、「まだ2こある」とも言えます。
「もうない」とも言えることがあります。
でも、文の形で意味が決まることもあります。
だけ前に出す形だと、前の名詞 ( ものや人の名前を表すことば。例 は「りんご」のような語で、名詞 をどこに置 くかで「前からあるもの」か「新しく出たもの」かの感じ方が変 わるので大事です。) に聞こえます。集団 ( 同じ種類 のものをまとめた「ひとまとまり」のこと。文章では「前から話に出ている集団 」か「新しく出てきた集団 」かで、聞き手が意味を取りちがえやすくなるので大事です。)
新しく出てくる意味は、弱くなります。
数のことばを名詞 より前に出すと、
前の集団 の意味が消えることがあります。
こうした変化 は、 だけでは推測 ( 見た情報 や聞いた情報 から「たぶんこうだ」と考えること。聞いた人の推測 だけで説明 できるかが、この研究で確 かめたい点なので重要 です。) 説明 しにくいです。
- どうやったの?:
-
この研究は、大きな
実験 はしません。
代わりに、よく作った例文 で比 べます。
その文が、どう読めるかを見ます。
見分け方は、文の続 きでたしかめます。
「まだ残 っている」をつなげられるか見ます。
また、「もう残 っていない」もつなげてみます。
そして、形がちがう文を3つ比 べます。
ふつうの形をまず見ます。
を前に出す形も見ます。名詞 ( ものや人の名前を表すことば。例 は「りんご」のような語で、名詞 をどこに置 くかで「前からあるもの」か「新しく出たもの」かの感じ方が変 わるので大事です。)
名詞 と数の順 を入れかえる形も見ます。
ほかの考え方の例 も、同じように点検 します。
- 研究のまとめ:
-
この研究は、こうまとめます。
この言い方は、2つの読み方ができます。
そのちがいは、 の形で生まれます。文法 ( ことばの並 べ方や形のルールのこと。どの順 で言うとどんな意味になるかを決めるしくみで、この研究では意味のちがいの原因 として重要 です。)
さらに、形しだいで片方 だけになります。
だから、 だけで足す推測 ( 見た情報 や聞いた情報 から「たぶんこうだ」と考えること。聞いた人の推測 だけで説明 できるかが、この研究で確 かめたい点なので重要 です。) 説明 より合います。
文法 が2つの意味を用意していると考えます。
そして、語のならびがどちらかをえらびます。
つまり、文の形と意味のつながりが大事です。
- これからどうする?:
-
これからの
課題 があります。
2つの読み方を作る文の形を、はっきりさせます。
また、なぜ語のならびで片方 が消えるか調べます。
さらに、意味の条件 も整理します。
たとえば、出来事を表す説明 があるときです。
そういうとき、文の形とどう合わさるか見ます。
- 著者名:
- Homma Shinsuke
- 掲載誌名:
- 言語の普遍性と個別性
- 巻:
- 7
- ページ:
- 11 - 19
- 発行日:
- 2016-03
- 新潟大学学術リポジトリリンク:
- http://hdl.handle.net/10191/40564
